『ティファニー』
目次
結婚指輪として貰いたいブランドランキングを実施すれば、必ずと言っていいほどトップ5には入るブランド、ティファニー。
トップジュエラーとして高い知名度を有するが、取り扱うアイテムは多岐にわたり、キッチンアイテムから食器類。衣類やバッグ・小物に至るまで非常に多くの種類を取り扱っている。
そのティファニーの歴史が幕を開けたのは1837年のアメリカ・ニューヨークであった。
セレクトショップ『ティファニー&ヤング』
創業が1837年というのは少し意外に感じるかもしれない。
これはティファニーと並び世界三大ジュエラーと呼ばれるカルティエやブルガリに比べても長い歴史を有していることになる。
三大ジュエラーの中では最も若いブルガリの創業が1884年であり、カルティエの創業は1847年である。そのカルティエよりも10年も早く創業しているのだ。だがティファニーからは古めかしさや伝統のような重さをほとんど感じられない。
それは、いかにその時代にマッチしたものを提供し続けているかという事であると同時に、新しさを提供し続けているという事である。
そのティファニーだが、創業当時はティファニー&ヤングという名前を用いていた。
名前の由来は、創業者である「チャールズ・ルイス・ティファニー」と「ジョン・バーネット・ヤング」の2人の名前からとったものであった。
今では一流のジュエラーとして、多くの人々から憧れの存在として認知されているティファニーだが、創業当時は意外にも宝飾品の取り扱いはしていなかった。
主に扱っていたものは文房具や装飾品などで、創業者の二人がこだわり選んだものを販売するというセレクトショップであった。
なお、創業した初日の売り上げはたったの$4.98だった。1800年代と貨幣価値は異なるが、日本円で約550円程度。だがこの5ドルにも満たない第一歩が全世界に展開していく超一流ブランドの第一歩であった。
その当時、店舗で物を買う際は値段というものが統一されていなかった。
それこそ店主のさじ加減で高くもなるし安くもなる。それが一般的であったため店頭での価格交渉というのは一般的であり、店側は値引きされるのを前提の値段を伝え、客側は最初の値段からは安くなるのを前提に考えていた。
だがティファニーは値札を用いて価格を明確にし、値引きの交渉は一切応じないというスタイルを採用した。現代では当たりまえのシステムであるが、当時としては画期的なシステムであった。だが慣れないシステムであると同時に値引きが当然と考えられていた時代なだけに批判も多くあっただろう。だがティファニーはそのシステムを貫き通したのだった。
『ブルーブック』の発行
ティファニーに転機が訪れたのは1843年。ヨーロッパより輸入したゴールドジュエリーの販売を開始した。そしてその2年後には『ブルーブック』の発行を開始する。
ブルーブックとは現在でも発行されている、ティファニーの上顧客に向けて配布されるカタログである。表紙にはティファニーブルーが用いられており、ティファニー製品の中でも特別希少なジュエリーやハイクラスな製品たちが掲載され、その配布を受けられることだけでも名誉なこととされているカタログのことである。
そのブルーブックが発行された当初はゴールドジュエリーやシルバー製品、真珠などの一流品が掲載されていた。そしてそれらを注文すれば購入できるというオーダーカタログであった。それはアメリカ初のメールオーダーブックであり、アメリカにいながらヨーロッパの高級品を購入できるという画期的な試みであった。
1848年にはフランスの二月革命に伴って貴族から貴重な宝石を買い入れることに成功する。
また、この買い入れを引き金としてアメリカのダイヤモンド商として認知度を高めていくことになる。のちにティファニーはアメリカ全土から『キング・オブ・ダイヤモンド』と称されるようになるが、それを手伝ったのはブルーブックの存在であった。
かつて貴族たちが所有したダイヤモンドの多くがブルーブックに掲載された。
そしてそれらは注目を集めるとともに多くの注文をも集めた。
こうしてティファニーは一流のジュエラーとしての名を広めていくのであった。
この快進撃は創業からたったの10年余りでのことである。
『ティファニー&ヤング』から『ティファニー&カンパニー』へ
1850年代に入るとティファニーはその名称をティファニー&ヤングから『ティファニー&カンパニー』に変更する。そしてこのころから銀製品の取り扱いに力を入れ始める。
アメリカでは初となる純度基準を92.5%と定め、華やかな製品を展開していくティファニー。この時にティファニーが定めた92.5%という純度基準は後にアメリカの公式基準として採用されることになる。
銀製品の評価についてもティファニーの躍進は止まらなかった。
1867年に開催されたパリ万博では銀器部門のブロンズメダルを獲得した。これはアメリカからの出展における同部門の初受賞であり、ヨーロッパにおいてもティファニーが認められたことを証明した瞬間であった。
さらには1878年のパリ万博で銀製品部門においてグランプリを受賞した。
銀製品の取り扱いに力を入れていたからといってジュエラーとしての活躍が後回しになっていたわけではない。ジュエリー部門においてもゴールドメダルを受賞するなど止まることのない大躍進を続けていく。こうしてティファニーは世界の超一流ブランドとしての地位を確固たるものにしていくのであった。
各界へ影響を与えるティファニー
1800年代の後半に差し掛かるとティファニーの活躍はアメリカ史にも影響を与えることになる。それは合衆国印章のデザイン改訂である。1885年に行われた合衆国印章のデザイン改定はティファニーが行い、それが100年以上の時を経て現在でも採用されている。アメリカの1ドル紙幣に描かれた合衆国印章がそれである。アメリカが独立し一つの国家となったのが1789年であり、歴史が浅いという事もあるが一つのブランドがここまで国家に影響を与えるという事は極めて珍しい事と言える。それだけティファニーが特別な存在であるという事であろう。
1886年にはティファニーが宝石業界に多大な影響を与える発明をする。
それはダイヤモンドを6つの爪で止めるティファニーセッティングの発案である。
この技法はブリリアントカットの施されたダイヤモンドを最も輝かせるために、完璧に計算されたセッティングであり現代にも変わらずに残されている。
信じられるだろうか?1880年代といえば人類初のコンピューターすらまだ登場していない時代である。それがコンピューターによって演算処理されるのが当たり前の時代になっても取って代わる存在が登場せずに存在し続けている。まさに奇跡の発明といえるだろう。
宝石業界に大きな影響を与えたのはティファニーセッティングだけではない。
1903年には宝石のクンツァイトを発見している。
鉱物名ではスポデューメンと呼ばれるこの宝石を、ティファニーのチーフ宝石鑑定士、ジョージ・フレデリック・クンツ博士にちなんでクンツァイトと命名した。
1910年にはエメラルドやアクアマリンの属するベリル鉱石グループより、美しいピンクのベリルグループに属するモルガナイトを発表する。モルガナイトの名前を付けたのも、クンツァイトを発見したジョージ・フレデリック・クンツ博士であった。
他にも1967年に発見されたブルーゾイサイトを販売するにあたり、発見されたタンザニアの国名を用いて、その国の美しい夜の空を宝石の色に当てはめた『タンザナイト』という名前を付けたのもティファニーである。
1974年にはケニアとタンザニアの国境付近にあるツァボ国立公園から、グリーンのガーネットであるツァボライトを発見している。
新たな技法の発見や、新たな宝石の発見や命名、発表などでこれだけの功績を誇るブランドは他にないだろう。
またジュエリーのデザインにおいてもティファニーは大きな功績を残している。
ティファニーに所属した歴代の有名デザイナーをたどると、自然界から着想を得たアートジュエリーで有名な伝説的ジュエリーデザイナーであるジャン・シュランバージェに始まり、ラビングハートなどを生み出したパブロ・ピカソの娘であるパロマ・ピカソ。バイザヤードやオープンハートを生み出したエルサ・ペレッティと錚々たる顔ぶれである。
彼らのデザインしたジュエリーは多くの人々に受け入れられ、また憧れを抱き、節目を彩り、共に生き、時には励みになり、また時には悲しみを癒す存在として、人々の生活の中溶け込んできた。
ティファニーとはどんなブランドか?
その問いに対する答えは千差万別であろう。
ある人は『高級な宝石を扱う超一流のジュエラー』と答えるだろう。
別の人は『宝石から食器からなんでも扱う総合ブランド』と答える。
また別の人は『銀製品を沢山取り扱っているブランド』と答える。
他にも『カジュアルな宝石を扱う、手の届く宝石ブランド』や『アメリカで非常に人気のあるブランド』、中には『ティファニーで朝食を・・・のブランド』などと答える人もいるかもしれない。また『食器メーカーじゃないの?』という人だっているかもしれない。
だがそれらはすべて正解なのだと思う。
深い歴史を有するがそれを前面に出すこともなく。
ブランドの歴史を自ら重く語ることはしない。
自らの偉業を大々的に打ち出すこともしない。
なぜならわざわざ打ち出すまでもなく、多くの人々がティファニーのことを偉大なブランドだと知っているから・・・・それこそがティファニーの凄さであり偉大さであると感じる。
ありのままを受け入れ、新たな発見と感動を与え続けてくれる稀有な存在である。
文頭で180年以上の歴史を有すると書いたときに意外に感じると書いた。
おそらく同じように意外に感じた人は多いのではないだろうか?
それは自ら歴史と実績を語らない姿勢がそう感じさせたのだと思う。
カジュアルであると同時にラグジュアリーであり、ジュエラーであると同時に総合ブランドである。繊細であると同時に重厚感があり、富裕層をターゲットにすると同時に一般層をターゲットにする。そんな相反する性質を常に絶妙なバランスで同時に展開できるブランド。それがティファニーなのだと思う。
近年ではLVMHによる買収劇が世間を騒がせた。
LVMHの傘下に入ることにより今までのティファニーらしさは失われたりしないのか?ブランドコンセプトは維持されるのか?など人々の関心は尽きないであろう。
だがそれらについて全く心配はないと思う。なぜなら常に新しい感性を与えてくれるのがティファニーであり、時代の変化にも状況の変化にも対応して絶妙なバランスを保つのがティファニーらしさであるからである。
グループに所属することによって新たな刺激が与えられるのは間違いないだろう。
その中でどのようなティファニーらしさを出してくるのか?それを期待しながらこれからの展開を見届けたいと思う。
(編集:山﨑)
投稿者プロフィール
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2019年にゲオグループ入りした株式会社おお蔵ホールディングスの子会社で、首都圏を中心にブランド品、時計、ジュエリー、貴金属のリユース買取、販売を行っています。
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